「キツ・カハ」川

【ツツ考】[012]___
3-5.液体の流れ「川」

◇「キツ・カハ
 キツ・ツツ・ヅ・キ・カハ、の中のツツ・ヅ・キが移動を意味します。この音を省略して、キツ・カハになる。キツは極く初期に於いて接頭語だった思われますが、早い段階で水の意で使われます。

後の時代には川の呼称として最も一般的な形として使われる音になりますが、多様な転化をしつつ、次のような呼称(表記)でそれぞれ固有の名となっていきます。
 キツ・カハ(木津川)、キツ・カハ(吉川)、キヌ・カハ(鬼怒川)、キヌ・カハ(吉野川)、キノ・カハ(紀の川)、イナ・カハ(猪名川)、イヌ・カハ(犬川)、イト・カハ(糸川)、イサ・カハ(率川、伊邪川)…など多数。挙げるとキリがない。

 

◇「キ・カハ」⑴
 キツ・カハの音からツが落ち、キ・カハになり、多くはキの音がキィや、キといった一拍の長さになって使われます。

*「斐伊川
キ・カハ→ヒイ・カハ。キがキィと長音になり、さらにヒィと転化する。
《神世記》「所避追而、降出雲國之肥河上・名鳥髮地…」この肥河の肥の字は、一拍音でヒと発音したのでしょう。

*「免寸川
ンキ・カハ→ウキ・カハ。キの音に予唸音・ンが付きンキと発音される。さらにンがウに転じて、ンキ→ウキと移った音。
《仁徳記》「免寸河之西、有一高樹…」

*「宇治川
ンキ・カハ→ウヂ・カハ。ンキのン(予唸音)がウに、キが→チ→ヂと転じた音。
《応神記》「知波夜夫流 宇遲能和多理邇…」宇遲能和多理〔ウヂノワタリ〕とは、宇遲河の河口(巨椋池東部)近くに渡し場があったのでしょう。

 

◇「キ・カハ」⑵
堆積土によって出来た平地や湿地帯をキやアキ、またアハキといい、このキ(アキ)に出来た川(水路)をキ川いいます。
キ・カハ(木川)、コ・カハ(古川、粉川)、またアキ・カハ→アヂ・カハ(安治川)などと呼ばれる。

古い時代にはその土地自体が未だ生まれておらず、当然これらの川も存在しなかった。同じ音(キ・川)であっても通常の川(キツ川から転じた斐伊川宇治川)とは意味も成り立ちも、時代も違う。

 

◇「ミツ・ハ
 大火傷を負った伊邪那美が、その苦しみのあまり糞尿を漏らし嘔吐する。その尿に成れる神は、《古事記》彌都波能賣神〔ミツハノメ〕(書紀では、罔象女)、《記》和久産巣日神〔ワクムスヒ〕(書紀では稚産霊)とする。

ミツハとは水地〔ミヅチ〕を表わす語のキツ・カ(水の面、また液体・物質)のキがミに、カがハに変わり、キツカ→ミツハとなった音です。川や池といった水がある場所、水溜まり全般の神である。よって、この名にツツの音は使わない。

ツツは“動き”を表わす語なので、溜り水のように止まってるモノにツツは用いない。よって、省略したのではなく、始めから入っていない。

和久産巣日神の和久〔ワク〕には、二つの事が考えられます。

  • 水の祖神「ゥアカ・ムスヒ」
    ここでは水にアカ(カは拗音クァ、アクァ)が使われる。頭にウが付き、ゥアクァ→ワクと移った音に和久を充てる。
  • 「湧き」の祖神「ゥアキ・ムスヒ」
    ワキという語は、ゥアキツがワキと転・略された音である。ワキは、湧き立つ、沸き騰る、などと表現し、或る場所から物質が連続して発生する事をいいます。

▽アやアツという音は大や多の意を持ちますが、予唸音(勢い付けの始発音)が乗り易く、イア(ヤ)、ウア(ワ)といった音になります。

 

◇「アキツ・カハ」
*「山代河」大きな川。
 元は海であった。かつて、枚方と三島地域の間には入江が広がっていました。この両地の海岸線に土が堆積していき、海が徐々に狭まってゆく。その結果、いつしか川の姿を呈するようになります。

 《仁徳記》に「都藝泥布夜 夜麻志呂賀波袁…」〈ツギネフヤ ヤマシロガハヲ…〉とあるヤマシロ河はアキツ川です。アキツのア(大)が、ア→アツ→アムと転じ、これに予唸音イが付き、ィアツキツ→ヤムシル→ヤマシロ、と移った音で、大きな川を表している。

山代国から流れてくる川ということもあり、同じ字を使っている。尤も山代という名もまた、別の意味のアツキツです。

四〜五世紀頃の山代河(現在の淀川)は巨椋池から流れ出た短い河であったでしょうが、ただ幅は広かった。オホ・カハ(大川)とも呼んでいたらしく、当時の発音のウフ・カハに充てて鵜河の表記も使った。〈※沖縄ことばで、大村をウフ・ムラ、大城をウフ・グスクと発音する)

 

◇那岐・那美、二神による神生みで、水戸神として「速秋津日子・速秋津日賣二神、因河海持別而生神…」〈二神、河海持ち別けに因りて、生まれし神〉とある。

ここでの秋津〔アキツ〕は単に水の意なので、秋津日子はキツ・ツキ(水を・司るモノ)が本来の音と意味です。予唸音ンが付いてンキツになり、ンがアに変わっただけで、ここのアに大の意味はない。秋の発音はアクィであり、水を表わす音(ンキ)として使うのは適当ではない。

 

*「アキツ・カハ」小さな川。
 元はンキツ川であり、アはンが母音転化した調子付けの付属音です。ンキツがオキヅ→オミヅ(お水)になる様なもので、ここでのアキツ川は、「お水・川」と言っているのと同じである。

大きな河をいうアキツ・川とは規模に於いて圧倒的な差があり、間違うことは無いでしょうが、紛らわしくは有ります。
アキ・カハ(秋川)、アイ・カハ(安威川)、アリス・カハ(有栖川)、アキヌ・カハ(天野川)、などの音や表字を使う名があるがどれも大きな川とは云えない。
▽「天野川」は、枚方市を流れる川です。今はアマノ・カワと読むが、天野の字が初めて充てられた時点では別の音だったでしょう。

  1. ンキツ・カハ→アキヌ・カハ。
    ンキがアキと転じて天の字を充て、天〔アキ〕ヌ・川。ここでの「天」はアキ、「野」は、ヌの音を表わす仮名文字として使う。
  2. ツツ・ヅ・カハ。
    ツツ・ヅがテン・ヌに変わり、天・野、の字を充てる。ここでの「天」はテン、「野」はヌ、それぞれ仮名遣い。

⒈の可能性が高いが、⒉も捨て難い。

 

▽「有栖川」は、ンキツ→ウヂス→アリス(キの音はチヂリと移る)と転じて出来た音である。京都市の西を流れる小さな川です。

 

◇「外国のアキツ川」
*「ガンジス川
アキツ→アンチス→グ・アンヂス(ガンジス)。
大きな川なので、アキツだがアが撥ねてアンになり、キツがヂスに転じる。さらに偉大なものを表わす音・グが頭に乗り、グ・アンヂス(ガンジス)になる。
または、カツ・キツ→ガン・ヂス。カンは接頭語。

*「ナイル川
アキツ→ヌ・アイル→ナイル。
アキツがナイルに転じる。“大きなモノ”を表わす語・ヌが付いて、ヌアキツになる。キツがイルになった後、ァイルの発音になる可能性も無くはないが、広大な川なのでやはり初めからアキツと言ったに違いない。そこからアイルへと移った。アフリカの母なる大河なのだから。