「数のこと」八(2)

数[027]___

◇「日本の聖数

世界の国や民族には聖数というのがあるらしい。日本人にとっては古来から「八」が聖数とされます。

八世紀初頭に編纂された古事記日本書紀には、やたらと八の字が使われます。特に神世の話に多いです。古墳時代は勿論、もっと前の時代から八が大好きだった、という事でしょう。

何故、八が好まれたのか。末広がりが縁起の良い形だからとか、美しい富士山の稜線の様だからだとか、色々な説があります。

 

古事記》に次のような歌があります。書写本では詰め書きされています。さて、どこで切れば良いのでしょう。
夜久毛多都伊豆毛夜幣賀岐都麻碁微爾夜幣賀岐都久流曾能夜幣賀岐袁 (真假名 表記)

ヤクモタツイヅモヤヘガキツマゴミニヤヘガキツクルソノヤヘガキヲ (片仮名 表記)

◯一般的な解釈…
 八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに
 八重垣作る 其の八重垣を
短歌というものは其れができた時から、三十一文字〔ミソヒトモジ〕であり、上句・五七五、下句・七七、という形であった事を前提としている。或いは、後代の人の手が加わっている可能性もある。

◯或る解釈…
 八雲立 出雲
 八重垣 津間混みに
 八重垣 作る曾野
 八重垣を
四行の歌。行の頭にそれぞれ八の字があり、ずらっと八が並びます。和歌の始まりは長歌も短歌も、一行のうちに一語句ずつが上句下句に分けられる形だった。また、必ずしも七五調とは限らない。

 

最古の歌
現存する日本最古の書物である《古事記》に登場する最初の歌は、須佐之男命が詠んだ、上に紹介した歌「夜久毛多都…」です。
(※地名国名[033]曾野、園。参照。)

つまり、いま存在する全ての和歌の中で、これが、確認できる最古の歌という事になります。確認できる…であって、これが最初の和歌というのではありません。

須佐之男の時代(いつの頃か不詳、ざっくりと大昔)にあって、日本に漢字は存在したのでしょうか。もし、未だ漢字は伝わって来てはいなかった(或いは漢字自体が地球上に無かった時代)というのであれば、日本人が8という数を好む理由として、八の字のビジュアルを評価の対象にするのは成り立たない理屈です。別の視点が必要ですね。

 

◇「八」は「ィア

八雲〔ヤクモ〕、八重垣〔ヤヘガキ〕、八種〔ヤクサ〕、八十嶋〔ヤソ・カシマ〕、八百萬〔ヤホヨロヅ〕など、記紀には八の字が其処此処に並びます。

しかし、ここにある八が字義通り、数の8を表わすために使われているのでしょうか。それとも、ヤという音を表わす文字としての役割りでしょうか。

 

アツ
優れたモノは頭にアツの音を乗せます。文字にすると、大、強、超といった、善悪に関わらず大きな存在に対して付く語です。これに予唸音・イが付き、ィアツ(ヤツ)と発音され、この音に同じ音を持つ八ツの字が充てられます。

八が乗る言葉や呼称の大方は、アがヤと転じた音に充てているに過ぎません。八の字に限らず、規模や量を表す言葉に同じ音を持つ数文字があれば、確実に使われます。

 

◇末広がり、富士山、これらの根拠は残念ながら後付けですね。ただ、八の字が一般化した後の人たちがそう思うのであれば、それもまた一つの意味付けとは言えます。

ただし、八が聖数になった理由として、これら(末広がりや富士山)を持ち出すのは、やめたほうがいい。嘘つきになってしまいます。

日本人が好きなのは、八という数でも無ければ形でもない、アツ(ィアツ)という音だったのですから。

 

 

◇「ワッショイ」

アツ・し負い
大勢の人が派手に陽気に物を担ぎ上げて運ぶ時、担ぐ人達も周りにいる人達も、皆が「ワッショイ」という掛け声を連呼して盛り上げます。

ワッショイとはどういう意を持つ言葉だろうか。この語を分解すると、次のような形が見えてきます。

物を体に乗せる、また全身を使って持ち上げる、そんな動作や行為を「為負い(シ・オイ)」と言いました。シは行為を意味し、今の言葉でいう「する」にあたります。オイは担ぐことで「背負い」などと同じです。

この語の頭に、大きい、多い、など言葉を強める語「アツ」が乗ってできているのが分かります。

アツ・シオイという言葉は、皆の動きを合わせる拍子取りの為と、勢い付けの意味もあるでしょう。当然、声は大きくなりアツに予唸音が付きやすくなります。その結果、アの頭にウやイが付着して、次の様な音になります。

  ゥアツ・シオイ → ワッシォイ。
  アツ・シオイ → ヤッシォイ。

この語は、大勢の大きな力、皆んなで担ぐ(為・負い)、そんな時の掛け声、囃し声になります。ヤッシォイの後ろの音が流れて、ヤッショー、ともいいます。ヤッショがヨイショにもなったのでしょう。(※シォイは通常ショイと表記しますが、元はシオイです。)

 

 

わし掴み
〔ワシ〕が獲物を荒々しく掴むこと、またその状〔さま〕をいう。 ── この類の内容が語解書籍類では説明されてます。

しかし、アツ・ツカのアツが、ゥアツ→ワシと転じて“ワシ・ツカ”と発音されただけだとすれば、意味は単に、多くを掴む、強く掴む、また全部を掴む、などの意味になります。

「鷲〔わし〕が、鋭い爪を食い込ませるように、荒々しく、力強く、小動物を掴んで飛び去った。」この話のほうが面白い、しっくりくる、という事でしょうか。

元は、シャレ言葉として「鷲がワシヅカミ」などと言ってたのかも知れません。それが何時しか、鷲が掴むからワシヅカミ、これが語源と受け入れられ、定着してしまったと思われます。

真実かどうかより、“こっちのほうが面白い”、というのが優先される、そんな事が世の中にはしばしばあります。