「カ・ツツキ」海と渡、走と川尻

 

【ツツ考】[016]___
カツツキ〈2/2〉

◇「ワタ
 ワタツミの語音に《万葉集》などで海神の字を充てているのを見ます。また、ワタツヘは渡辺と書きます。同じワタの音が使われる事により『海をワタというのは、渡(ワタリ)からきている』と考える人が出てくる。

だが、音を遡ってゆくと、海のワタ、渡りのワタ、この二つのワタは成り立ちが異なる言葉だというのが分かります。

 

*「
 太古からある言葉で、上の空間をキ(何もない)というのに対して、下の面をカ(物質)と呼び分けます。共に広く大きいので、大の意を持つ音・アが頭に付き、天をアキ、海をアカ、と言いました。(※地名国名[001]カツカ/参照)

アカのアの音には頭にウ(勢い付けの始発音)が付き ゥア。カ(クァ)は色々な音に転じますが、ここではタ(ツァ、またトァ)になり、アカ→ゥアタ(ワタ)の音となる。

例えば、アカツカ(海ツ面)は、→ゥアタヌハ→ワタノハラ(海ワタの原ハラ)という言葉になります。カ(クァ)は、→カ(クァ)→ハ(ファ)→ワ(ウァ)と移りますが、ここでのカはハの音を採り、更に膨らませてハラとします。

 

*「
 移動を表わす語の「カ・ツツキ」がハ・タタリ→ワ・タリと転音する。ここでのカも、カツカの後ろのカですが、ここではワ(ウァ)の音を使います。

海人:アカツキ→ゥアタツキ→ウアタツ
渡り:カ・ツツキ→クァタタリ→ ウァタリ

海〔ワタ〕のワは「ゥア
渡〔ワタリ〕のワは「ウァ

*この二つの「ワ」の違いが分かりますか? 基音が違います。基音が違うといういう事は、元の言葉が違うという事です。

「アカ→ワタ(海)」と「カツツリ→ワタタリ(渡)」、この二つの音がたまたま類似音であった事、水上移動がワタリと云ったこと。これらから海を表すワタの音に渡の字を使っている過ぎない。

 

◇「ハシリ
 水走〔ミヅハシリ〕。水が流れるところ。原音はカ・ツツキといい、ワタリと同じですが発声音を変えることで、意味と用途が変わってきます。

キツ・カ・ツツキの音からキツが省かれ、カ・ツツキ→ハシシリ→ハシリと移る。キツは水、ハシシリは「流れる所」の意ですが、ハシリという言葉は昔から、井戸端、水場、流し場(流し台)などの意味で使っていました。
《神武記》
 爾其美人 驚而立走
 伊須須岐 伎乃將來

ここにある立走は「ハシリに立ち」(水場に行って)と読める。そして「伊須須岐〔イススキ〕=為濯ぎ」した「伎(矢)を乃〔スナワチ〕将〔も〕ち来…」となる。

※大方の解説書では「立走、伊須須岐・伎」とし「タチバシリ、イススキ・キ」と読み、「立ったり走ったり、バタバタして、うろたえて…」といった、所謂パニック状態と説明しています。

イススキという音にはアキツキ(王)の妻の意もあります。持ち来た矢は「置於床邊、忽成麗壯夫」〈床の辺に置いた矢が、忽ち麗しいヲトコ(美和之大物主神アキツキ)に成った。

大物主神は其の美人〔オトメ〕を娶り、彼女はイススキ(后)になる。そして、生まれた子・伊須須伎比売(後の神武の妻)へと繋がってゆく。ここはそんな“イススキ尽し”の話になっている。

*「イ・ススキ(濯ぎ)」と「キツ・ツキ」が同じ音になる所から、この語を使って言葉遊びをしています。

▽ちなみに
 キツ・ツキとは「アキツキ・ツキツミ・ツメ」の略語です。アキツキ(王)をツキツミ(扶ける、補佐)ツメ(女性)という意味。キツ・ツキはキササキ→キサキ、という音にもなります。

 

◇「河尻
 河尻と書けば通常は河口を連想しますが、《神武記》の「到吉野河之河尻時…」〈吉野川の河尻に到り時…〉にある河尻とは、伊波礼毘古が熊野の山中を北上し宇陀に向かう途中なので、吉野川の(水が)流れる所(カ・シシリ→ハ・シリ)に出た、の意です。

  1. 河口:カ・ツツキ(川・尽き)→カハ・シシリ→カワ・シリ。◇ツツキは、ツツキ・ケル→ツキケル(尽きる)という意味の語でもある。〈※「数」五と十/参照〉
  2. 川の流れ:水が移動している所。カ・シシリ(処・流れ)→ハ・シリ。◇シシリは、ツツキが元になる言葉で、ソソギ(注ぎ)、タラシ(滴らし、垂らし)、またセセラギ、などの様にも使います。

*「走」と書けば、走り(慌て)の意と解釈され、「河尻」と書いても、地理的矛盾と云われる。

始めから仮名で波斯理とでもしておけば良かったのにと思ってしまう。一文字でハシリの音を表そうと「走」の字を使ったのかも知れない。

「河尻」はさすがに誤解を招く書きようだが、当時の人達にとっては何ら問題は無かったか。それとも、既に誤解した人がカ・ハシリの音に川尻を充てたのだろうか。

*言葉の意味を探ろうとする時、それに使われている漢字の字義に執着し過ぎるのは、危険が孕んでいます。先ずは音からだと思います。