【ツツ考】[015]___
カツツキ〈1/2〉
◇「語〔かたり〕」
《古事記》の長歌の中の幾つかに、結語として「許登能加多理碁登、母許遠婆」〈コトノカタリゴト、オモコオバ〉という表現を使うのがあります。
コトノカタリゴトの音を遡れば「キツ・カ・ツツキ・コツ」に行き着きます。
キツは発声音、カは状〔サマ〕、ツツキは連続(続けざまに)、コツは事〔コト〕をいう。
母許遠婆は「ンモィ・コレバ(思い・此れば)」が「オモ・コオバ」に転じた音でしょう。
*依って、転化と意味は次の様になります。
〈声〉 〈連続〉〈事〉
キツ・カ・ツツキ・コツ ○ 原音
コツ ンカ・ツツヂ・コツ ○カに始発音ンが付く。
コト ヌカ・タタリ・コト ○ツツキがタタリに。
コトノカ・ タ リ・ゴト ○ヌがノになる。
許登能・加 多 理・碁登
言 の 語 り 事
※キの音は色々な音に移りますが、キ→チ→ヂ→リ→ニ、という転化ルートも持つ音です。
◇「コトバ」という音
コトバという語を遡って行くと、キツカという音に行き着きます。キツがコト、カはカ→ハ→バ(正確には、クァ→ファ→ブァ)と転じてキツカ→コトバになります。
バの音は唇を一旦閉じた後、これを開いて作られる声です。それにより基音が出る直前に鼻から息が出易くなるので、予唸音・ンが付き易い。これによって出来た「コトンバ」という音は、古い時代にあって、普通に使われた発声音と思われます。
このンが、ン→ヌ→ノと転じて助詞の役割りを為し、キツ ンカ→コトヌバ→コトノハ(言の葉)という語(表記)ができる。
ノを助詞にすることで後ろの濁音(バ)を清音(コトバ→コトノハ)に、また元の音(コトノカ)にも戻すことができるため、当時の人にとって“音の品”が良くなる感覚の使い方だったかも知れない。
尤も、古代の歌や書き物などにコトバという言い方は殆んど見ることはなく、コトという表現が一般的です。元は、キツ(声)・カ(状)という二つの単語であり、通常はキツから転じたコトのみで使っていたようです。
また「言者〔コト・バ〕」という表記の場合、者〔バ〕は助詞であり「言葉」とは別物なので混同しないよう注意が必要です。
◇「タリ・コト」
ツツキは、タタリ→タリに転じますが、後年には「能書きをタレる」などと動詞としても使われる。
あるいは、キツ・カツツキ(コト・カタリ)という語が先にあり、キツカ(ことば)やタリ(垂り)という語は後にできた造語だったのかも知れません。
キツがモノに変われば、キツ・カタリ→モノ・カタリ(物語り)になる。
カ・ツツキ・キツ→カ・タリ・コト(語り事)が略され、タリ・コト(垂り・事)になる。
*また、ツツ・キツがトト・イツ(都々逸)という芸事をいう語にもなる。
すべて声音(キツ)を連続(カ・タタリ)して、発する事がら(コト)をいいます。
◇「渡〔わたり〕」
川や海など水で隔てられた間を移動するのをワタリという。元の音はカ・ツツキであり、ここでのカはカツカ(面)、ツツキはトトリ(とおり=移動)の意です。
カ・ツツキが転じて、→クァ・タタリ→ウァ・タリとなる。ウァ(拗音)がウア(二音)→オワと移って、ウァタリがオワタリの音にもなる。
「語〔かたり〕」という語も先に述べたようにカ・ツツキが元にあることにより、同じように転じてオワタリと発音される事があったようで、この二つの言葉を遊び書きで使うのが、次のような記述で見ることができます。
《仁徳記》
吉備國兒嶋 之仕丁
是退己國 於難波之大渡
遇所後倉人女之船 乃語
後ろの二行の末字に置かれた文字、大渡はオホワタリ、語はオワタリ、と読む。
「渡」と「語」の字が隣り合わせに並んでいるのは意図的な趣向であり、表記上の語呂合わせになっていると思われます。
「語」は、キツカ ・ツツキ ○言・語り
クァ ・タタリ
ウァ ・タ リ
オワ・タ リ ○ウァ→オワ。
「渡」は、カツカ ・ツツキ ○処・通り
クァ・ツツリ
ウァ ・ タタリ
ゥワ・タ リ
*《平家物語》
(薩摩守忠度の口上に対して俊成の台詞)
「ただいまの御渡〔おわたり〕こそ、情けもすぐれて深う…」とあるが、このオワタリもまた語〔クァタリ→ウワタリ〕であり、忠度の口上を指しているものと解釈できます。ここではカタリではなく、オワタリの発音に合わせて御渡の字が使われる。