神名人名・3-1「勝るモノ」

[003]
3、カツキ 〈1/2〉

 

「勝るモノ」

 カツキとは、キツキの中で “他より勝る存在” を表わす語です。第一音のキがカに変化した音(キツキ→カツキ)ですが、その用途は多岐にわたります。

一つの形として、太古語ではカツの音自体に、優越したモノ、通常以上のモノ、の意が含まれていた。何より「勝〔カツ〕」という言葉がこれを表しています。つまり、カツ・キ=勝る・モノ、です。

それが持つ能力や特徴などに於いてですが、極めて相対的であり、単に体が大きいというだけのものから宇宙の支配者まで対象を選びません。

人や動物また実体や霊に関わらず、分野を問わず善悪に依らず、優越するモノ、影響力を持つモノ、特別な存在、これら全て「勝るモノ」はカツキと呼ばれます。

 


「神」の字

 現代に於ける神の字に対する認識を、そのまま古代や上代に持ち込むのは危険です。

神の字はカツキまたキの意味を持ち、勝るモノを表わす普通文字です。如何なるモノもカツキ(優越したモノ)であれば神の字の対象でした。

つまり、初期の頃は取り立てて霊的な存在だけを表わす高貴文字という訳ではなかった。神秘なるキ(カツキ)には霊の字を充てていたのですが、しだいに神の字も使い始めるようになる。これにより様々な誤解が生じることとなってきます。

また、神の字は二音の仮名文字として、カツから転じた、カン、カム、カラ、コウ、などを表わす時にも頻繁に使われます。この場合は表音文字としての扱いなので、直接的な意味での字義は考えなくてよい。

ただし、高、大、などと同様に、優れたモノや良いモノを表わす場合に使う文字ではあります。

 

 

◇「カキ・言葉

 太古の言葉で、棒状の物の先端を面上に充て、移動させる行為をカツキといい、カツキ→カキ(搔き、書き)という言葉が使われる。

  • [注]基音の後ろに付く「ツ」の音は付属音なので省略される事が多い。但し、他の音に転じた場合(→ヅ.ヌ.ル、→フ.ブ.ム)などは、一音としての扱いになる。

未だ文字が無かった時代、線や点などの印シルシを、或る面(地面や粘土面)に付ける行為を、カツキ・キツキ→カキ・シルシ(搔き印し)の音で表現したと思われます。

時代が進み、筆と紙という文房具が使われるようになってもこの言葉は継承され、カツキ・ツキ→カキ・ツケ(書付け)、カツキ・モノ→カキ・モノ(書き物)という表現も一般的に使われるようになります。

書く行為を表わす総称としては、カツキから転じてカキといい、その表現物(文字)はカツキ転じてカムヂという語で使われる。

 

 

◇「神字

《馭戎問答》にこんな一文が残っています。

  • 厩戸皇子摂政にして、いにしへよりありきたりし神字を廃して漢字にかへ、儒・仏の道をおこして、わが本教をうづもらせたり」

*この文にある「神字」「漢字」に付いて二つの解釈が可能です。

1、かつて日本には独自の文字があり、これを「神字〔カムヂ〕」と呼び、表記していた。しかし突然、この自国文字を全て廃棄して、今後は外来文字である「漢字」を使う様にと命ぜられた。

2、文字が渡来した頃、その呼称をカムヂといい、この音に「神字」が充てられ長らく使われていた。ところが或る時、この表記(神字)の神の字を漢に変更し「漢字」と表記せよ、という御触れが出された。

 

そして、これをやったのが聖徳太子だというのです。この文章をどこまで信用して良いものか、という問題はありますが無視はできない。

 

「かつて日本独自の文字があった」と云う人もいて、それらしい文字が紹介されてはいます。ただ、この種の文字があちこちの遺跡から頻繁に出ているという話は聞かないですね。

尤も、広く使われる事は無かったとしても、個人的に文字を作っていた人が居た、という可能性は有り得なくは無い。(否、大いに有り得る。)

 

 

▽ちなみに「」の字。
 或る漢詩の先生がこんな事を云っていた。
「漢字とは、漢人が漢文を書くために作り出した文字だから漢字という」と。一見、常識的な説明ですし、誰からも反論は出ないでしょう。しかし、果たして此れは真実なのだろうか。

 

漢字という文字があってカンジという語ができたのではなく、カムヂという音に漢字という文字が充てられた、というのが本当のところでは? と、考えてます。まぁ、あまり支持は得られないでしょうけど。

ただ、一つ言えるのは、「漢」の文字を使っているからといって、必ずしも漢民族に由来するとは限らない、という事です。色々な場面でカンの音に充てる、二音カナ文字、として使われます。

漢人=中国人、などと恰〔あたか〕も定まった前提であるかの様に、反射的に判断するのは、敢えて言います、間違いです。

 

…つづく。