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1、「キ」という語
①「キ」について
有形無形に関わらず全てのモノを指す語であり、森羅万象「キ」です。そもそも「モノ」という語自体がキから転じた音です。
また、あらゆる人類語の原音でもあり、漢字の音読みにキやシ(シはキからの転音)が最も多いのも、これを裏付ける一端でしょう。
キの音自体に優劣や善悪などは勿論有りません。しかし、声音が或る種の意味を持つ役割(言葉)として使われるのですから、音の違いによる蔑視表現が生まれるのは必然でしょう。
② 人を表わす「キ」と「ミ」
古事記や日本書紀の中では、人を表わす語としてキやミの音が使われています。基本音はキなのですが、ミの音も頻繁に使われます。
キとミには、それぞれ二種類の音が作られました。キは「クィ」と「ンキ」、ミは「ムィ」と「ンミ」などの音になります。
つまり、人を示す音には六種類(キ、クィ、ンキ、ミ、ムィ、ンミ)があり、ここから更に転化をしつつ用途によった使い分けがなされていきます。
*一つの形として、キ系はハードなもの、ミ系はソフトなもの、といった使い分けがあるように見えます。例えば、傾向としてですが、武人はキ、文人はミ、の音が使われる事が多いです。
◇「声音転化」
キからミに変わる音転ルートとしては、次の形が推測されます。
ⅰ、キ→ヒ→ビ→ミ (イ列転換)
ⅱ、クィ→フィ→ブィ→ムィ→ミ (ウ列転換)
③「ンキ」「ンミ」という音
下位に位置するキ(者)は、*予唸音・ンを付けて「ンキ」や「ンミ」と発音されるのですが、ンキはンが母音ウに、キがヂになってンキ→ウヂ。ンミのンはウ→オと変わり、ンミ→オミと転化します。
のちに、集団、家、役職、階位などに付けられるウヂ(氏)やオミ(臣)の始まりは “仕える人” を表わす語であり、よって王の名には使われません。
- 予唸音〔ヨテンオン〕:基音を発する直前から出し始める声。多くの場合はンですが、イやウ、またクの音も使う。この発声法は古代またそれ以前には日常的に使われていたようですが、その後なくなっていきます。ただ、現代に於いても鼻濁音(ンガ)などにその特徴が僅かに残されています。
予唸音「ン」が母音になった現代単語にある例として、海はミ→ンミ→ウミ。池はケ→ンケ→イケ。穴はナ→ンナ→アナ。己はヌ→ンヌ→ウヌ→オノ。馬はマ→ンマ→ウマ。など多数。
※尚、予唸音という言葉は一般的な用語ではなく、拙稿の中だけで使う語であり、世間的には通用致しません。
④「キュ」という音
沖縄の言葉にあるウチナンチュ(沖縄の人)や、ヤマトンチュ(大和の人=本土の人)のチュはキが原音であり、キ→キゥ→チゥ(チュ)と転じた音でしょう。《おもろそうし》の中で人をキと表現してるのがあります。
ところが、現在の沖縄コトバに於いて、カ行音の中で使われる音を見ると、カやクに比べてキの音は意外に少ないです。その理由は簡単で、キの音の多くがチに変わった事によります。よって、キとチを合わせるとその使用頻度は圧倒的に多くなります。
◇性別ではない「キ」と「ミ」
人を表わす音のキとミには、用途の違いはあっても、基本的な意味に於いては同じです。キとミは男女を表わす音(キ=男、ミ=女)とする向きもあるようですが、オミ(臣)は男でありキミ(君)は一部の例外を除いて男に使われます。キサキ(后)はキばかりですが紛れもなく女です。身(ミ)、実(ミ)という語に性別は有りません。
女を表わす音はメであってミではないのです。イサナキは男神でイサナミは女神というところだけに固執し、キは男、ミは女、とするのは早計です。
ましてや「太古、神〔カミ〕は(ミが付くので)総じて女性であった」などの論は阿世の愚言でしかありません。
*日本語では、液体、声、色、建物、棒状のモノ、指、生き物、などはキとミ、またその転化音によって出来ています。更に見ていくと、五十音図に於けるキを除くイ段の音(シチニヒミリヰ)は、全てキから転じた音であるのが分かります。
*次回以降、キに関する語、またキから転化変遷によって生まれた言葉などを、もう少し詳しく見ていきたいと思います。
=「キ」という語に付いての話でした。=