16-2「アキツノ」

地名国名[036]
16、アキツノ〈2/5〉

○「御吉野」
《雄略記》の歌にある阿岐豆野(岐はクィ)を猟場と解釈している人が殆どです。でも此処のアキツノは御吉野〔アクィツノ〕であって、安騎之野〔アキツノ〕では有りません。
  〈詞書〉
   卽幸阿岐豆野 而御獦之時
   天皇坐御吳床 爾虻咋御腕
   卽蜻蛉來 咋其虻而飛

於是 作御歌 其歌曰
   美延斯怒能 袁牟漏賀多氣爾
   (… 略 …)
   多古牟良爾 阿牟加岐都岐
   曾能阿牟袁 阿岐豆波夜具比
   加久能碁登 那爾淤波牟登
   蘇良美都 夜麻登能久爾袁
   阿岐豆志麻登布

 故 自其時
   號其野 謂阿岐豆野也

 

◇此処に示した詞書の三行と、歌を眺めると、ざっと次の様な内容です。

「阿岐豆野に行って狩りの時、天皇が腰を掛けていると、その腕に虻〔アム〕が咋〔クイ〕いついた。そこへ即〔すぐ〕に蜻蛉〔アキヅ〕がやって来て、其の虻を咋えて飛んでいった。」
「故に、其の時より、其の野を號〔ナ〕付けて阿岐豆野と謂う也。」

*そも、何故こんな程度の出来事が、国史の記事に採用されるのでしょうか。それは次のように読めば理由らしきものが見えて来る。

阿岐豆野(アクィヅノ)に行って狩りをする時、
天皇〔アクィツミ〕が御呉床〔アグラ〕に坐すと、
御腕に、虻・咋つ〔アム・クイツ〕。
すぐに蜻蛉〔アクィヅ〕が来て、
其の、虻・咋つ〔アム・クイツ〕、そして飛び去る。
そんな事があって、其の野をア・クィツノという。

アキツのアがアム(またはアン)に膨らんだり、キが拗音でクィと発音されたりするが、ここにあるのは “アキツ尽し” による言葉遊びであり、これを面白がったという事でしょう。

にも関わらず、歌の始めに使われる語は美延斯怒〔ミエシノ〕となっている。元の字は御吉野〔アクィツノ〕と書かれていたのをミエシノと読み、この音をそのまま仮名書きにしてしまっている。

アキツ尽しの遊び歌である事に、気付かない者による行為でしょう。或いは、知った上での確信犯か。

 

▽ちなみに。万葉集(巻一)には、アキツ尽しに対抗するかのように “ヨシ尽し” の歌があります。

  淑人乃 良跡吉見而 好常言師
  芳野吉見与 良人四來三

 よしひとの よしとよくみて よしといひし
 よしのよくみよ よしひとよくみ

この歌の詞書に「天皇幸于吉野時 御製歌」とあり、天武天皇が吉野宮に幸じた時の歌となっている。詠み人が誰かはともかくも、これは吉野〔キツノ〕をヨシノと読ませる工作の最終仕上げのような歌である。

※尚、この歌にある淑人や良人を、ヨキヒトと読む事が多いようですが、ヨシ尽しの歌なので、ここもヨシヒトと読むほうがよい。

少なくとも作者はヨシの音を並べたいと思ってる、そのつもりで書いている。選者もまた、そこを面白いと思った。そうに違い無いのだから。