神名人名・10-7 「八咫烏」

[025]
10、カラツキ 〈7/8〉

◇「八咫烏」〔ヤタ カラス〕

 アツ・カラツキが、アタ・カラスキ→ヤタ・カラスに転じる。ここでのアツは「多い」の意です。勢い付けの予唸音・イが始発音となり、アがィア(ヤ)に変わります。(※アツには色々な意味があります)

個々にはイカヅチまたカラツキですが、戦闘集団としてはヤツ・カラツキ(多くの・戦闘員)転じて、→ヤタカラスという呼び方をしたのでしょう。

《神武記》にある「今自天遣 八咫烏…」〈今、天より八咫烏を遣る…〉とは援軍を意味している。八咫烏は伊波禮毘古が紀国から大和へ向かう際、熊野の道案内をすると共に敵と戦ったとする神です。

八咫烏に関連する社の祭神は、概ねその末裔とされる建角見命ですが、タケツミ(またタケツノミ)は、ツキツミ・キツ・カラツキの、ツキツミから転じた音です。

ツキツミは固有名ではなく、“王に仕える者”を表わす総称です。ですから、色々な土地で祀られている建角見命を、名が一緒だからといって全て同一の神とする必要など有りません。

 

◇「八俣袁呂智」〔ヤマタノ ヲロチ〕

 敵にも戦闘集団がいます。基本音は同じヤツ・カラツキですが、当然、御方とは別の音で呼びます。

ヤツ→ヤタ→ヤンタ→ヤムタ、
カラツキ→クォロツチ→ウォロツチと移り、
ヤツ・カラツキ→ヤマタ・ヲロツチ、
になりました。

「八頭大蛇」と表記する書もある。元の音のヤツをヤヅと発音し、その音に八頭の字が充てられたのでしょう。ヲロチはそのまま大蛇と書いた。

そして、八俣や八頭の字から、これに合わせて 想像を膨らませ、“ 面白い怪獣伝説 ” が作られる。

その姿を表わす場面で「八頭八尾」の表記がありますが、これはヤツ・アツキ→ヤヅ・ヤツヲと転じた音に充てていると思われます。ここでのアツキは、つまらない者アダコ(災い人)を意味し、“ ろくでもない連中 ” といった意となる。

ヤタ・カラス(八咫烏)とヤマタ・ヲロツチ(八俣袁呂智)の名は同じ語のヤツ・カラツキが元であり、敵が味方かによる音違〔たが〕えによるものと言えるでしょう。

《書紀》は「八岐大蛇」の字を使う。アツキ・カラツキがヤツキ・ヲロツチと転じた音に充てたか。この音はアダキ・ゴロツキ(災い人、愚連隊)の音(意味)にもなり得ます。

しかして、アツキ・カラツキからアダユ・ヲロスカ→アダヤ・オロソカ(徒や・疎か)という語が成り、底質、粗末、といった意味で使われる。

 

▽ちなみに。現代の文法で名詞を形容動詞として使う場合、語の後ろに的の字を付ける方法(経済→経済的、哲学→哲学的など)がありますね。

昔の日本語では末音がキであれば、これをカの音に変えて発音し、ニキヤキ→ニギヤカ(賑やか)、ヤスラキ→ヤスラカ(安らか)といった語になります。

同様にヲロツキ(名詞)がヲロツカ、またヲロカという言葉が作られました。ヲロカ(愚か)を更に略して、ヲコ(愚か者)という言葉も見られます。

御方〔ミカタ〕や敵の武装集団の呼称は、幾つかの基本形はあるものの、結局、多くの部族がそれぞれ自分たちの言葉(方言)で呼んでおり、色々な言い方があったという事でしょう。

 

◇「三本足のカラス」

八咫烏は足が三本あるのが特徴ですね。これは何処から来てるのか、何か理由があるのか、今のところ根拠が分からない問題です。とりあえず、特別なカラス、というのを示す姿という事ですね。

単なる推測ですが、始まりは音だったのでは…、と思います。戦闘員の呼び名として、キツ・カツキやカラツキの他に、ツツヌキというのも有りました。経津主〔フツヌシ〕、筒之男〔ツツノヲ〕、また須佐之男〔スサノヲ〕などの元にある音です。

頭にキツが乗り、キツ・ツツヌキになります。この音が、キツ→ミツ、ツツヌキ→タタラシ、と転音します。そして、このミツ・タタラシの音に「三ツ・足〔タラシ〕」の文字を充てたのではないか。

この表記から、いつしか名は ィアツ・カラツキ→ヤタ・カラスイ(八咫烏)といい、その姿はミツ・タラシ(三ツ足)→三本の足〔あし〕となって定着する、という事なのか

また、ここでも八とか三とか、名の意味とは無関係に漢数字が使われます。

 

[026]に、つづく。