神名人名・8-4「后」

f:id:woguna:20211022105811j:image

[015]
8、ツキツキ 〈4/5〉

◇「ツキツキ・キツメ
 妻もまた王(アキツキ)を助ける協力者でありツキツキと呼ばれる対象者です。《記》には多くの女性の名が出てきますが、王妃の名ではツキツキ・キツメや、アツ・ツキツキ・ツメ(大妃=正妻)といった音が元になっているのが殆んどです。

これを略したアツ・ツメ(アツ姫)は、近世に於いても殿様〔とのさま〕の正妻を表わす呼称として使われているのを、しばしば見かける事がありますね。

 

◇《記》に登場する王妃の名とされる例を幾つか挙げてみましょう。
*「豊玉毘賣命
 トヨタマビメ。海神(ワタツミ)の女〔むすめ〕火遠理命(山佐知)と出逢う前から豊玉毘賣の名が使われるが、実際は妻になった後の呼称です。豊玉とはツキツキ、またツキツミであって個人名(身の名)ではない。

 ツキツキ・ツメ→ツユツミ・ブメ
        トヨタマ・ビメ
           豊 玉  ・毘賣

 

○「」の字について。
ツキツキがトヨタマに変わる。先のツキが、→ツユ→トヨ、になり豊の字が充てられるが、多くの場合は女の呼称に用いる。

ただ、崇神天皇の子の名では、豊木入日子命・妹豊鉏日賣命とあり、ここでは男女に豊の字を使う。豊木は豊ツ木(トヨツキ)、豊鉏はトヨスキの音に充てており、共にツキツキが元の音である。

▽ちなみに。入日子〔イリヒコ〕とは、キツキの頭のキがキラと膨らんでキラツキに成ったのち、→イラフキ→イリヒコ、と転じた音である。

 

○「」の字について。
この時代、王の児は、生まれたのち母親の元で育てるのが社会の通例だった。しかし、豊玉毘賣は児を夫に預ける。
《記》上巻の巻末辺りにある豊玉毘賣の歌。

  阿加陀麻波 袁佐閇比迦禮杼
  斯良多麻能 岐美何余曾比斯
  多布斗久阿理祁理

   赤玉は 緒さへ光られど
   白玉の 君が装ひし
   貴く有りけり

*二つの意味を持つ歌である
 ⑴ 赤玉は通している緒さえ光って見えるほど美しいですが、白玉の様な貴方が身に着けると、更に貴く輝きます。 

 ⑵ 私が産んだ赤子は、その臍〔へそ〕の緒さえ輝いて見えるほど愛おしいけれど、白玉(皇)である貴方の処にいれば貴人(皇太子)です。だから、貴方にお渡し致します。(※白と玉を重ねると皇の字になる)

 

この歌にある「赤玉」とは文字通り赤い玉の意と、もう一つには赤子(アカツコ)の意も含まれている。「白玉」は白い玉の他に、キラツキ(高貴な人)がシラツキと移った音に充てている。

ならば、玉はキまたはツキではなかったか、という思いが湧いてくる。ただ、歌では阿加陀麻〔アカダマ〕、斯良多麻〔シラタマ〕となっているのが悩ましい。ただし、ここではタマで良いでしょう。

「アカツコは ヲさへひかれど シラツキの きみがよそひし たふとくありけり」此処から、書き写し伝承の過程で、ツキ→玉→タマ→多麻(陀麻)、と変わっていった?


*「玉依毘賣命」豊玉毘賣命の妹。
 タマヨリビメは、実姉の子(甥)である建鵜葺草葺不合命を育て、その後、自ら育てた甥の妻になる。

鵜葺草葺不合は成長ののち王になるので、彼女もまた妃でありトヨタマ・キツメ(豊玉比賣)である。だがそれでは姉と混同してしまう。

これを避けるべく、キツメをキラツメ(→ヨリビメ)とし、豊玉依毘賣とした。さらに豊の字を取り除いて、玉依毘賣の名になったと思われる。神倭伊波禮毘古命(神武天皇)の母。

  ツキツキ・キツメ→ツユツミ・キラツメ
           トヨタマ・ヨリビメ
               玉 依 毘賣

 

*「伊須氣余理比賣
 イスケ・ヨリヒメ(またはイススキ・ヒメ)は神武天皇の妻であり、アキツキ(王)・ツキツミ・ツメ(妻)と呼ばれる。これが短縮して、アキツキのキツと、ツキツミのツキの音だけ取り出して、キツ・ツキという略語ができる。キツツキから転じてイススキになり、さらに略してイスケになる。

 (大王)    (妃)
 アキツキ  ツキツミ キツメ
 ⑴ イス  スキ   ヒ メ
   伊須  須岐   比 賣

 ⑵ キツ  ツキ   キラツメ
   イス(ス)ケ   ヨリヒメ
   伊須      余理比賣

「ヨリヒメ」について。女を表わす呼称はキツメですが一般的にはこれを略して、メ(女)、またツメ→ヒメ(比賣)という。

一方でより丁寧に云う場合はキラツメになる。これが転じてヨリヒメ(余理比賣)や、イリビメ(入毘賣)、また優れた女性を表わす呼称のイラツメ(郎女)といった言い方にもなります。


*「梓弓」「槻弓
 和歌などによく使われる語である。弓を作る木材に梓や槻が使われたことから、表面上の意味としては文字通り梓製や槻製の弓である。

だが古代の人はそんな事だけで歌になどしない。必ずもう一つのストーリーが含まれている。

 アキツキ・ツキツミ
       →アヂサミ・ツキユミ(ヒメ)
         梓  ・槻 弓

アキツキ・ツキツミ・ツメ」の、アキツがアヂサ、ツキツミがツキユミと転化し、アヂサ・ツキユミ(梓・槻弓)になる。さらに省略してアヂサ・ユミ(梓弓)と発音・表記され、万葉集などで遊び文字(妻を表わす隠語)として用いられる。

良い弓(真弓)と愛妻には何らかの共通点があったのだろう。本来、ツキツミという語自体に性別は無いが、ここでのツキユミに関しては女(妻)を指す。

 

[016]に、つづく。