[015]
8、ツキツキ 〈4/5〉
◇「ツキツキ・キツメ」
妻もまた王(アキツキ)を助ける協力者でありツキツキと呼ばれる対象者です。《記》には多くの女性の名が出てきますが、王妃の名ではツキツキ・キツメや、アツ・ツキツキ・ツメ(大妃=正妻)といった音が元になっているのが殆んどです。
これを略したアツ・ツメ(アツ姫)は、近世に於いても殿様〔とのさま〕の正妻を表わす呼称として使われているのを、しばしば見かける事がありますね。
◇《記》に登場する王妃の名とされる例を幾つか挙げてみましょう。
*「豊玉毘賣命」
トヨタマビメ。海神(ワタツミ)の女〔むすめ〕。火遠理命(山佐知)と出逢う前から豊玉毘賣の名が使われるが、実際は妻になった後の呼称です。豊玉とはツキツキ、またツキツミであって個人名(身の名)ではない。
ツキツキ・ツメ→ツユツミ・ブメ
→トヨタマ・ビメ
豊 玉 ・毘賣
○「豊」の字について。
ツキツキがトヨタマに変わる。先のツキが、→ツユ→トヨ、になり豊の字が充てられるが、多くの場合は女の呼称に用いる。
ただ、崇神天皇の子の名では、豊木入日子命・妹豊鉏日賣命とあり、ここでは男女に豊の字を使う。豊木は豊ツ木(トヨツキ)、豊鉏はトヨスキの音に充てており、共にツキツキが元の音である。
▽ちなみに。入日子〔イリヒコ〕とは、キツキの頭のキがキラと膨らんでキラツキに成ったのち、→イラフキ→イリヒコ、と転じた音である。
○「玉」の字について。
この時代、王の児は、生まれたのち母親の元で育てるのが社会の通例だった。しかし、豊玉毘賣は児を夫に預ける。
《記》上巻の巻末辺りにある豊玉毘賣の歌。
阿加陀麻波 袁佐閇比迦禮杼
斯良多麻能 岐美何余曾比斯
多布斗久阿理祁理
赤玉は 緒さへ光られど
白玉の 君が装ひし
貴く有りけり
*二つの意味を持つ歌である
⑴ 赤玉は通している緒さえ光って見えるほど美しいですが、白玉の様な貴方が身に着けると、更に貴く輝きます。
⑵ 私が産んだ赤子は、その臍〔へそ〕の緒さえ輝いて見えるほど愛おしいけれど、白玉(皇)である貴方の処にいれば貴人(皇太子)です。だから、貴方にお渡し致します。(※白と玉を重ねると皇の字になる)
この歌にある「赤玉」とは文字通り赤い玉の意と、もう一つには赤子(アカツコ)の意も含まれている。「白玉」は白い玉の他に、キラツキ(高貴な人)がシラツキと移った音に充てている。
ならば、玉はキまたはツキではなかったか、という思いが湧いてくる。ただ、歌では阿加陀麻〔アカダマ〕、斯良多麻〔シラタマ〕となっているのが悩ましい。ただし、ここではタマで良いでしょう。
「アカツコは ヲさへひかれど シラツキの きみがよそひし たふとくありけり」此処から、書き写し伝承の過程で、ツキ→玉→タマ→多麻(陀麻)、と変わっていった?
*「玉依毘賣命」豊玉毘賣命の妹。
タマヨリビメは、実姉の子(甥)である建鵜葺草葺不合命を育て、その後、自ら育てた甥の妻になる。
鵜葺草葺不合は成長ののち王になるので、彼女もまた妃でありトヨタマ・キツメ(豊玉比賣)である。だがそれでは姉と混同してしまう。
これを避けるべく、キツメをキラツメ(→ヨリビメ)とし、豊玉依毘賣とした。さらに豊の字を取り除いて、玉依毘賣の名になったと思われる。神倭伊波禮毘古命(神武天皇)の母。
ツキツキ・キツメ→ツユツミ・キラツメ
トヨタマ・ヨリビメ
玉 依 毘賣
*「伊須氣余理比賣」
イスケ・ヨリヒメ(またはイススキ・ヒメ)は神武天皇の妻であり、アキツキ(王)・ツキツミ・ツメ(妻)と呼ばれる。これが短縮して、アキツキのキツと、ツキツミのツキの音だけ取り出して、キツ・ツキという略語ができる。キツツキから転じてイススキになり、さらに略してイスケになる。
(大王) (妃)
アキツキ ツキツミ キツメ
⑴ イス スキ ヒ メ
伊須 須岐 比 賣
⑵ キツ ツキ キラツメ
イス(ス)ケ ヨリヒメ
伊須 氣 余理比賣
「ヨリヒメ」について。女を表わす呼称はキツメですが一般的にはこれを略して、メ(女)、またツメ→ヒメ(比賣)という。
一方でより丁寧に云う場合はキラツメになる。これが転じてヨリヒメ(余理比賣)や、イリビメ(入毘賣)、また優れた女性を表わす呼称のイラツメ(郎女)といった言い方にもなります。
*「梓弓」「槻弓」
和歌などによく使われる語である。弓を作る木材に梓や槻が使われたことから、表面上の意味としては文字通り梓製や槻製の弓である。
だが古代の人はそんな事だけで歌になどしない。必ずもう一つのストーリーが含まれている。
アキツキ・ツキツミ
→アヂサミ・ツキユミ(ヒメ)
梓 ・槻 弓
「アキツキ・ツキツミ・ツメ」の、アキツがアヂサ、ツキツミがツキユミと転化し、アヂサ・ツキユミ(梓・槻弓)になる。さらに省略してアヂサ・ユミ(梓弓)と発音・表記され、万葉集などで遊び文字(妻を表わす隠語)として用いられる。
良い弓(真弓)と愛妻には何らかの共通点があったのだろう。本来、ツキツミという語自体に性別は無いが、ここでのツキユミに関しては女(妻)を指す。
[016]に、つづく。