神名人名・5-1「ヒト」

[006]
5、キツ・キツキ 〈1/2〉

 

① 接頭語「キツ」について。

 ンキツキの頭に付いている予唸音・ン{※予唸音:単語の第一音を発声する直前から、勢い付けのため発する声}は、謂わばオプションスペースであり、ここに強調や褒称の意味を持つ音が接頭語として付けられる。

アツ、キツ、カツ、マツ、ナツ、など色々な音があります。これらの音は、副詞(大、多、甚、とても)、形容詞(良い、清い)、形容動詞(立派、偉大)、といった役割を持ち、乗る台となるキツキによって使い分けられます。

その中でも最も一般的な音が「キツ」であり、何にでも付けられる定番の接頭語です。通常は「良い」の意で、人だけではなく動物や土地などその用途は広い。

▽ちなみに。平安期の文学によく見かける「いとをかし」などの「いと」も、キツから転じた音であり「とても」の意味で使われる。

 


②「キツ・キツキ」について。

 キツキは様々なモノを対象として用いる語ですが、生命体もまたキツキです。人を意味する太古語であり、本来はキツ•キツキ•ヌキツキなのだが、後ろのヌキツキを省略して、キツ•キツキの形で使う。

元は「良いイキモノ」を意味する言葉だったが、使われていくうちにキツキツキという一単語の様になる。次のような例は、ヒトを表わす語として使ってきた音です。
 キツ・キツキ → イヌイットinu  itto)
 ンキツ・キツキ→ アイヌピット(inu  pitto)
 ンキツ・キツキ→ アオヒトクサキ(青人・草)
 ンキツ・キツキ→ ィキツヲブト(生ツ・尾人)


*「イヌイット
 この音は明らかにキツ•キツキが元にあり、キツ→イヌ、キツキ→イツト、と移るのは典型的転化。人間を意味する呼称と言われてるのも道理である。

もう一つの呼び名のエスキモーは、恐らくキツ・キツキが、イス・キムスキ→イェス・キモスキ、ここからエスキモの音に転化省略したものだろう。

この呼称(エスキモー)の扱われ方を見ると、彼等の自称ではなく、他者が彼等をそう呼んだものか。或いは、彼等の中で別の部族を指す時に使った音かも知れない。

何れにしろ、イヌイットエスキモーも、元を辿ればキツキツキである。


*「アイヌ
 このアイは、キから転じたイの音に勢い付けの予唸音・アが乗り、イ→ァイと発音された一拍音(一音)であり、アキ(二音)がアイになった音では無い。

アルファベットの「 i 」はアイと発音するが元はイである。インドネシア語で水をアイルというが、キツ→イル→ァイルとなった音だろう。(日本語のミズはキツ→ミヅであり、語源は同じ)

イがアイと発音されるのはよくある事であり珍しくはない。或いは、この人達自身がイヌ・ピトと自称していたが、和人と関わる中で、和語の犬〔イヌ〕と同じ音だったことから、これを嫌ってアイヌ•ピトとしたか。

アイヌとは人間を意味する言葉だ」と、アイヌの人は云っている。さらに「だから、アイヌ人〔ジン〕という表現は、人間・人間、と言っているようなものだ。無知な倭人よ、我々をアイヌジンと呼ぶな」とまで云っている。

この主張を敢えて否定はしませんが、しかし、本来はピト(アイヌ語)という語が「人間」を意味する言葉なのであり、アイヌ人〔ヒト〕がおかしな言い方とは思えない。人の字を音読みでジンとする事も何ら不都合は生じない。


*「青人草」
 《神世記》の中に登場し、アオヒトクサと読まれている。此処でのアオの成り立ちは、ンキツの予唸音・ンが、ン→ウ→ァウ→アオ、と増幅転化した音で、後ろの草の字に合わせて青を充てている。この呼称は一般人をいうのに使われるが、時には人間に対する敬称語の扱いにもなる。

伊邪那岐が黄泉の国から脱出する際、桃の実に助けられた。その時に「宇都志伎青人草 之落苦瀬而患惚時、可助」といった台詞を云う。この中で人間を青人草〔アオヒト・クサ〕とするが、ある種の丁寧さをもった云い方である。

一方、黄泉比良坂で伊邪那美伊邪那岐に対し「汝国之人草 一日絞殺千頭」と云い、ここでは人草〔ヒトクサ〕と吐き捨てるように云う。草の字は本来この一字でクサキであったが略してクサになる。


*「生尾人」
 伊波禮毘古(後の神武天皇)一行が熊野の山中で出会う人。キツ・キツキがその頃(時代)には ィキツ・ヲブト(またイクツ・ヲブト)と転じており、この音に「生ツ尾人」の字を充てたのだろう。(※ツは省き字=表記はしないが発声はする)

或いは、キツ・ケビトと転じ、この音に「生ツ毛人」の字を充てたか。この場合、尾の字は毛になる。どちらも少々侮蔑的な意味が含まれる。熊野の山中に暮らす人達のことである。


◇「ヒト」という音
 キが元にある音だがヒトに至る形は一つではなく、少なくとも三種類の成り立ちが考えられる。
 a、キツキ→ヒツト→ヒト
 b、キツ→ヒツ→ヒト
 c、ツキ→フト(ブト)→ヒト(ビト)

・「ヒ」の音 = aとbは先のキがヒに転じるが、cはツが、ツ→フ→ブ(→ビ)と移った音。

・「ト」の音 = aの後ろのキ、cのキ、これらがトになるが、bはツがトになる。


*「ヒコ」という音
 ヒコに至るのは、上のaとcの形と同じ二種がある。aの場合、キツキ→ヒツコ→ヒコと転じる。これとは別に、アキツキ・ツキ(王・の子)の意で、キ・ツキ→ヒ・ツコ→ヒコ、になる形もあり、その場合のヒ・コは日子の表記になる。

cの場合、ツキ→ブコと転じるのだが、aのヒコの音に引き摺られブコがビコ(毘古)になる。

[007]に…つづく。