神名人名・4「久延毘古」

[005]
4、ケツキ

◇「クェツキ」という語

 かつてケツキという語がありました。ケツキのケはクェ(拗音)と発音します。声音のクは、ク→フ→ウと移ることが有ります。よってクェは、クェ(ケ)→フェ(ヘ)→ウェ(ヱ)と転じます。

転化の一つの形として、ケツキ→ウェブシ→ヱミシ(蝦夷)という聞き慣れた言葉ができました。また、ツキがムシの音に転じて、クェムシ(ケムシ)、フェムシ(ヘムシ)、などの音も有ったようです。

意味するところは、現象に於いて、妖しきモノ。人に於いて、まつろわぬ者、蛮人、未開人、田舎者、あるいは多部族全般、といったところです。


①「劣るもの
生き物を表わす基本音•キツキから転じて、他より勝るモノをカツキ、他より劣るモノをケツキ、という音で呼び分けていた。

敵対するする者や反感を抱く相手、また対立が無くとも他域の者に対して使う普通名詞であり、特定の部族や集団を指す固有名ではありません。よって、互いに相手をそう呼ぶ。

交戦状態があり勝敗が決着すれば、その後は勝者側からの呼び方(自分達:カツキ、相手方:ケツキ)で定着します。この時、ケツキと呼ばれる側の人達に抗議する資格は有りません。何故なら、ほんのちょっと前まで自分達もまた相手部族に対しケツキと呼んでいたのだから。

上代(またそれ以前)には、自分達の集団に属する者と他集団の者を、それぞれカツキ(カミ)、ケツキ(ヱミ)と呼び分けるのが常だったのでしょう。


*とかく人間とは、他の集団より自分達の方が優れていると思いたがる生き物のようです。

習慣の違いや異なる形式など、それ自体に優劣・善悪が無いものでも、己が優位性を感じようと「奴らの方が劣悪、下等である(という事にしてしまいたい)」といった願望的衝動から虚飾優越を求め、精神勝利に浸り、何ら落ち度のない相手であっても、とりあえず  “ ケナシ口撃 ” をせずにはおれない人がいる。

一般的に「誇れるものが何も無い」という人達は、自ずと劣等感が強くなり、妬み恨みで心が埋まる。そんな彼らの、他人に対するケナシ行動は、狂気に満ちて凄まじい。

ケナシとは「ケツキ・為し」(人をケツキ扱いする)という言葉です。また、ケギライ(毛嫌い)とは「ケツキ嫌い」(あるモノをケツキのように扱って拒絶すること)の意でしょう。※辞書には載っていません。


▽ちなみに。
真仮名では、エには延を、ヱには恵の字を使います。《神世記》の条にある沼河比賣の歌に「阿佐比能 恵美佐迦延岐弖」〈朝日の、笑み栄え来て〉という一節がある。

「恵美(笑み)」は、ヱミ(ウェミ)と発音していた事になります。また「佐迦延(栄え)」は、サカであってサカとしてはいけないのも分かります。

 


②「久延毘古
 *ケツキ→クェブキ→クエビコ、と転じる。
ケの音はクェ(拗音:一音としての扱い)ですが、のちにクエ(二音の語)と発音されるので、エは直音であり延の字を充てます。ただし、音としてはクエのクが持つ尾母音•ウと、次のエとが拗合して、クゥエ(クヱ)と聞こえます。

 

*出雲の大国主のもとに居るクエビコは足に障害を持っていた。その部分に於いて運動機能が他よりも劣っている事によりケツキであり、転じてクエビコと呼ばれる。しかし、彼は極めて物知りでした。
 《記・上巻》
  所謂 久延毘古
  於今者 山田之曽富騰者也
  此神者 足雖不行
  盡知 天下之事神也

  いわゆるクエビコは、
  今の、山田のソホド(かかし)である。
  この神は、足は行かねど、
  世の中の事、知り尽くす神である。

 

*誰しも得手不得手、長所短所があり、一人のキツキの内には凡そカツキ(勝り)とケツキ(劣り)を共に抱持しています。

久延毘古の博学ぶりに対し皆が敬意を持って接しており、一目置かれる存在でした。その点で彼は紛れもなく神(カツキ=優秀な人)と呼ばれる対象でした。

二十世の初め頃、この神を元にして作られた歌が、〽︎山田の中の一本足の案山子…、です。

 


◇「けったい」という語。

◯ケツキ→ケタイ→ケッタイ。
        (ケッチイ→ケチ)

ケの音が膨張し促音・ケッ(一拍音)になり、ツキがタイと転じてできた形容動詞。奇妙、へん、とっぴな、おかしげ(不正常)、不自然、意味不明、良からぬ事、などの意味を持つ関西語。

卦体という字を充てるようですが、もちろん漢字先行の言葉では有りません。懈怠も或いはケタイの音に充てたものか。

また、奇妙な現象でも大きな驚きを伴うケツキは、クスキ(奇しき)、フシキ(不思議)、などの語になります。

 

 

*「」という音
言葉として、ケの音に差別的な意味は含まれていません。ノーマルをキとし、上・前・始、などをカとし、下・後・終、などをケとする、といった一つの音分け表現をしていたに過ぎないのです。その用途の一環として、秀をカ、劣をケ、という形でも使っただけです。

「ケ」に成り代わって言っておきますが、ケの音が悪い訳では有りません。

 

(4、ケツキについて) …袁愚奴。